高エネルギー宇宙ニュートリノの起源天体の特定に成功

概要

2017年9月22日に南極実験施設IceCubeが検出した高エネルギーニュートリノIceCube-170922Aの到来方向を、広島大学かなた望遠鏡を使って探索観測したところ、TXS 0506+056という天体が明るく活動的であることがわかりました。更に、光赤外線大学間連携を通じた観測によって、偏光情報やスペクトルが調べられ、ブレーザーの特徴を示すことが確認できました。また、フェルミ衛星のガンマ線データにおいても、この天体が活動的であることが明らかとなりました。この結果は、その後の国際的な多波長フォローアップ観測を促進し、TXS 0506+056が高エネルギーニュートリノの起源天体であったことが突き止められました。宇宙からやって来たと同定されたニュートリノの放射源としては、太陽、超新星SN 1987Aに次いで3つ目となります。今後の京都大学3.8mせいめい望遠鏡を含めた光赤外線大学間連携による観測でさらなる発見が期待されます。

研究成果

 ニュートリノは素粒子の一種で、物質と相互作用する確率が大変小さく、ほとんど物質と反応することなく進みます。たとえば星内部で発生したニュートリノは星をすり抜けて宇宙空間に飛び出します。また、電気的に中性であるため、宇宙空間の磁場に曲げられることなく、遠方宇宙からまっすぐ飛来し地球に到来すると期待されます。従って、ニュートリノを観測することができれば、星内部の物理状態や、遠方宇宙に見られる高エネルギー天体現象等の解明に非常に有用な情報を得ることができます。しかし、物質との相互作用がほとんどないため、ニュートリノの検出のためにはとても大きな検出器が必要となります。これまで太陽と大マゼラン雲で起こった超新星爆発SN 1987Aを除いて、ニュートリノを放出した天体現象が特定された例はありませんでした。

 2011年、南極に建設された高エネルギーニュートリノ観測実験装置IceCubeが本格的に稼働を開始しました。IceCube実験は、極めてエネルギーの高い(>1014 電子ボルト)ニュートリノを捉えることができます。さらに、2016年4月より、IceCubeグループは、ニュートリノを検出した直後に世界中にその到来方向を知らせるアラートの配信を開始しました。しかし、IceCube実験によって報告されるニュートリノ到来方向は直径1度(満月の視直径がおおよそ0.5度)程度の大きな誤差を持ちます(この誤差内の領域を誤差領域と呼びます)。可視や近赤外線望遠鏡の典型的な視野の大きさは10分角(1度は60分)程度ですので、誤差領域を隈なく探査することは一般には困難です。また、10分角程度の小さな領域内でさえ、多数の天体が存在しますので、その中から、一体どの天体がニュートリノを放出したのか特定することは非常に難しいことになります。

 理論的な研究によって、ブレーザーと呼ばれる天体が高エネルギーニュートリノを放出している可能性があると指摘されていました。非常に大きな質量を持つブラックホールの中には、ジェットとよばれる噴出流のあるものが存在することが知られています。このジェットは光速に近い速度で噴出されているため、ジェットの正面から見ると非常に明るく見えます。これがブレーザーです。その明るさのため、非常に遠方のものも観測することができます。

 そこで、広島大学を中心とする研究グループは、ブレーザーが有力な高エネルギーニュートリノ起源天体候補であることから、プレーザー候補天体を独自の手法で洗い出し、カタログを整備しました。そのカタログにリストされているブレーザー候補天体は、直径1度の領域内に平均して5-10個程度の数です。この程度の天体数であれば、狭い視野しか観測できない望遠鏡でも、ニュートリノアラートを受けた後、すぐさま全て観測して明るさの変動の有無を調べることができます。 

一方、光赤外線大学間連携においては、突発天体や変動現象の連携観測を実施するための柔軟な体制を整えて観測を実施してきた豊富な経験があり、ニュートリノアラートに対応して観測を推進する体制も整っていました。

左はオリオン座の一部の領域。中央はIceCube-170922Aニュートリノの到来方向の誤差領域(赤線内)およびカタログにリストされているブレーザー候補天体(青十字)で、これら7つの天体の撮像観測を行った。右は、これらのうち広島大学かなた望遠鏡で取得されたTXS 0506+056の画像。我々の観測によって活動的であったことが明らかとなった。

 世界時2017年9月22日20時54分(日本時間9月23日5時54分)、IceCube実験はニュートリノ「IceCube-170922A」を検出し、全世界にアラートを流しました。このアラートを受け、広島大学ではすぐにブレーザーのカタログから候補となる7つの天体をリストアップし、その日の晩の観測に備えました。そして日本時間9月23日の夜、かなた望遠鏡の可視光・近赤外線同時撮像カメラHONIRを用いて最初の撮像観測を実施しました。さらに、翌9月24日にもこれら7つの天体を観測しました。

その結果、TXS 0506+056という天体の明るさがわずか1日で変化していることを突き止めました。そこで、ASAS-SNという可視光での全天サーベイシステムのデータを用いて、この天体が過去にどのくらいの明るさであったかを調べました。すると9月22-23日には、過去に比べて明るい状態にあることがわかりました。これらは、TXS 0506+056が活動的な状態にあることを示唆しています。広島大学では、この観測結果を受けて、ガンマ線での明るさをすぐに調べました。フェルミ衛星によるガンマ線帯域での全天サーベイ観測が行なわれていますが、このデータを解析したところ、TXS 0506+056は普段に比べてはるかに明るい状態にあることを突き止めました。この即時解析の結果を全世界に向けてすぐ報告し(Tanaka, Y. T. et al., ATel #10791)、これが国際的なフォローアップ観測を促すことになりました。その後の詳しい解析によって、ガンマ線が明るく輝く天体の方向からそれとは無関係のニュートリノが偶然やってくる確率は0.003%と見積もられました。これは、このTXS 0506+056がニュートリノを放出した天体であったことを支持するものです。

 広島大学での観測開始と同じタイミングで、光赤外線大学間連携事業を通じたフォローアップ観測も呼びかけ、東京大学木曽観測所1.05mシュミット望遠鏡及び京都大学屋上40cm望遠鏡による可視測光観測、南アフリカ天文台にある名古屋大学IRSF望遠鏡による近赤外線観測、広島大学かなた望遠鏡による偏光観測を行いました。また、広島大学かなた望遠鏡・兵庫県立大学なゆた望遠鏡では分光観測を実施しました。分光データには明瞭な輝線や吸収線は見らなかったため,より良質なデータを取得するために、国立天文台ハワイ観測所口径8.2mすばる望遠鏡の分光器(FOCAS)でも分光観測を行いました。それでも、スペクトルには強い輝線や吸収線は見られず、ブレーザーの中でもBL Lacと呼ばれるサブクラスと一致することがわかりました。

 国際的にも、可視光・近赤外線だけでなく電波、X線、ガンマ線といった幅広い波長域での観測がなされました。かなた望遠鏡、木曽観測所シュミット望遠鏡、すばる望遠鏡で取得されたものを含む国際共同観測データから、エネルギー分布(各々の波長ごとの明るさ)が調べられ、ブレーザーの特徴を示すこともわかりました。9月22日のニュートリノを放出した瞬間は、可視光からガンマ線に至るまで活動的であったことも明らかとなりました。

これらの科学成果を論文としてまとめ、サイエンス誌にて出版しました(IceCube collaboration et al. 2018, Science, 361, 6398, eaat1378)。

今後

我々は今後も新たなニュートリノアラートに対して、ブレーザーカタログを用いた観測を継続する予定です。たとえば、2018年10月23日にIceCubeが検出したニュートリノIceCube-181023Aに対しても、光赤外線大学間連携の枠組で、広島大学かなた望遠鏡、京都大学40cm望遠鏡、名古屋大学IRSF望遠鏡、兵庫県立大学なゆた望遠鏡で観測を実施し、誤差領域内のガンマ線放射天体3FGL J1804.5-0850に対して、観測を実施しました(Yamanaka et al., ATel #12145)。残念ながらこの天体に対して、有意な光度の変動は検出されませんでしたが、今後も引き続きこのようなフォローアップ観測を実施する予定です。

 一方、高エネルギーニュートリノ放射天体の候補としては、ブレーザー以外にも可能性があります。理論的な研究に基づくと、例えば、特殊な超新星爆発も候補であることが指摘されています。しかし、超新星爆発はいつどこで起こるか事前に予測することはできません。東京大学木曽観測所では、Tomo-e Gozenという直径9度角という極めて広い視野を撮像できる装置を開発しています。この観測装置を用いればIceCube実験の検出する高エネルギーニュートリノの誤差領域を一度に観測することが出来、今後は超新星候補も視野にいれた探索が可能になると期待されます。また、Tomo-e Gozenで普段行なっている全天掃天観測によりニュートリノを放出しうるブレーザーの明るさの変動をモニターすることもできます。ただ、このような観測で発見される変動天体は暗いものが多いと考えられます。

 天体の特徴を調べるための分光観測は、よりたくさんの光を集める必要があるため、これまでの大学間連携の体制では困難でした。今後は、3.8mせいめい望遠鏡で分光することで、理論研究によって期待されているようなタイプの超新星であるかどうかや、あるいはブレーザーのタイプや距離を調べることが可能となり、新しく勃興してきている高エネルギーニュートリノ天文学の発展に大きく寄与し、マルチメッセンジャー天文学の発展に資するものと期待されます。

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